小豆島REPORT

2013.06.20

#01 ふたりを結ぶジャンボフェリー

小豆島へいたる船の旅のはじまり

風が恋を運ぶ 海を遠く渡り
ふたりを結ぶ ジャンボフェリー
風の中感じる あなたの声感じる
届けてよ ジャンボフェリー

海と空のあいだ 白い海鳥が飛ぶ
どこまでも どこまでも 続いている
白い雲よ 白い波よ この声を伝えて

午前5:00, 突如として船内にジャンボフェリーのテーマソングが響き渡り, ほとんど「破壊的」ともいうべき大音量により, ほとんどのお客さんがこの歌とともに(なかば強制的に)朝を迎えることとなる。いうなれば深夜発の便における恒例行事のようなものだ。ごそごそ, もそもそ。それまで眠っていた人々が気怠そうに下船準備をはじめ, 衣擦れの音や人々の話し声があちこちから聞こえてくる。続けて流れ始めた女声によるアナウンスが, いままさに夜が明けて船が高松港に到着したことを告げていた。それを合図にカメラを手に急いで屋上デッキに上がる。「瀬戸内の海に昇る朝日を見る」というのがひとつの(これはあくまで個人的な)ミッションだったから。神戸を出港する前, せっかく深夜発で早朝着の便に乗るのだからと, 日の出を見ることができるといいねと話していたのだった。

小豆島ジャンボフェリーの屋上デッキには, 瀬戸内国際芸術祭2013における小豆島・醤の郷+坂手港プロジェクトの象徴的存在でもある現代美術作家のヤノベケンジさんの作品「ジャンボ・トらやん」が船長として鎮座しているのだが, われわれがデッキに上がったとき, いままさにそのとらやんの背後から朝日が登ろうとしているところだった。その神々しい光景は, 一瞬息を呑むというか言葉を失うほどの静謐な美しさをたたえていて, まるで自分がトらやんの大冒険の登場人物になったような, あるいは現代の神話の場面に遭遇したかのような非現実的な感覚へと導かれていく気がした。

しばらくして, 船は静かに高松港に入港しようとしているところだった。神戸から4時間。深夜1時に神戸港を出港した船は, このあと6:00 に高松を出るとおよそ1時間後にわれわれの旅の目的地である小豆島へと到着する予定になっている。朝陽は一段とまぶしく輝き始め, その光の勢いをわずかずつではあるが強めていた。神戸の出港が深夜だったこともあり, せっかくの船旅にかかわらずここまで大海原を見ることができていなかったわれわれは, 小豆島に着くまでいましばらくデッキで海を眺めていることにした。生まれたての太陽の光が瀬戸内の静かな海に乱反射し, キラキラと光の波を描いている。空はどこまでも広くパノラマで水平線が見渡せる。ところどころ巨大なカメが並走してるかのようにいくつもの島が浮かび, 五月の海風はもぎたてのフルーツの香りのようにフレッシュで爽やかだった。

われわれが乗る船は「りつりん2」と呼ばれるジャンボフェリー株式会社が所有する大型フェリー。神戸から高松を経由して小豆島へと至る深夜便だ。頭の中に近畿から瀬戸内海, 四国から広島や山口あたりまでのおおまかな地図を思い浮かべる。あくまで可能性という意味では, このまま小豆島から宮島をこえて関門海峡を抜け, かつて交易時代に朝鮮や中国に渡った先人たちのように, 遠い外国にだってその気になれば行けるのだなとあらためて思う。「海路の復権」と誰かが言っていたのをふと思い出し, 海賊マンガや冒険物語に憧れた子どもの頃の気持ちがよみがえる。いずれにしても船旅というものは, 誰しもの心にそんなロマンティックな思いを呼び起こすものでもあるのだろう。インターネットの発達とともに「情報」がどんどん無料化していくなかで, その反動としての「体験」が重要視されていく時代。船旅はまさに移動を手段から目的にする「体験型トランスポート」として, じつは最先端のトラフィックなのかもしれないと思った。

いよいよ小豆島に「上陸」

そもそも今回の旅は, 3月に開催された「CLASS ROOM第三回 自分の住んでいるまちを世界に開くということ」で, ゲストのひとり原田祐馬さんから話に出た小豆島でのさまざまな取り組みについて, どうしても現場をこの目で見たいというスタッフの思いから始まった。「地方×デザイン」というテーマでトークイベントを開催し, その意義を発信する立場である自分たち自身が現場に立ち会い, イベントで語られたプロジェクトの最新状況をこの目で確認したいと感じていたからだ。そこで, あえてあまり下調べなどせず, 現地を案内してくださる「ある方」のお話をまずは聞くこと, そのうえで先入観なしでありのままの小豆島を「体験」するという目論見があった。そういう意味で今回のレポートは, いわゆる取材レポートというよりは, 紀行文というか旅行記の体裁に近いものに仕上がっている。なんというか, そのほうが今回の旅の雰囲気がより伝わるのではないかと思ったからだ。読者の皆さんには, ぜひこのレポートを読みながらともに小豆島の旅を楽しんでもらえたらと思う。

ふたたび例によって例の歌が船内に流れ始めた。そろそろ小豆島に着くようだ。われわれも下船準備を始める。それにしても, くりかえしくりかえしこの歌を聞いているうちに知らず知らずこの「ふたりを結ぶジャンボフェリー」の歌を口ずさんでいる自分に気づく。そのうち, もしかしたらこの船のなかに, 風によって運ばれた恋を実らせ結ばれた二人がいるのかもしれない, などと勝手な想像をしてキョロキョロと周りを見回してみる。もちろん小説みたいにそんな都合よく見つかったりするわけはないのだが, しかしいずれにせよこの歌, ほんとうに一度聞くとけっこう耳から離れなくなる。とってもいい歌なのだ。よく晴れた日に部屋で掃除機をかけたり洗濯ものなんかを干すときにピッタリな感じ。CDとかは出てないのでyoutubeなんかで探してみるといいかも。

ともかくわれわれは目的の島に到着した。いや, 船旅のゴールというものはやはり「到着」というより「上陸」という言葉で表現するのがふさわしい気がした(これは実際に船旅をした者でなければ共有できない感覚だろう)。新しい土地に初めて立つ瞬間。まさに「足を踏み入れる」という表現がピッタリな感じ。これも船旅の特権だといえるだろう。

さて, 小豆島・坂手港に「上陸」してすぐわれわれを出迎えてくれるのは, フェリーの屋上デッキで遭遇した「ジャンボ・トらやん」と同じヤノベケンジさんのつくったモニュメント「スター・アンガー」だ。またそのすぐ横にある港の汽船待合所の壁一面には同じくヤノベケンジさんがディレクションを担当し, 絵師・岡村美紀さんが描いた高さ6m長さ35mにもおよぶ巨大壁画が圧巻でいずれも「トらやんの大冒険」の世界観に基づくストーリーを補完するかたちになっているようだ。またこの旅のきっかけとなったUMA/design farmの原田祐馬さんが携わっている旧JAをリノベーションしたプロジェクト「ei」も坂手港すぐにある。いずれも「醤の郷+坂手港プロジェクト」の一環として展開しているのだという。そういえばヴェネチアにも現代アートの美術館があってローマやフィレンツェでルネサンス美術ばかり見てお腹いっぱいだった眼にフレッシュな印象があったのだが, 島と現代アートというのは相性がいいのかもしれない。

旅の案内人・真鍋邦大さんとの出会い

「ei」の前にあるバス停からオリーブバス土庄港行きに乗る。途中で地元の小学生数人が乗り込んできた。通学なのだろう。ひとりのオバちゃんが「おはようさん」とひとり一人に声をかけ彼らもそれに応える。そういう決まりになっているのかあるいは顔見知りなのか, はたまた地元で有名な「挨拶オバちゃん」なのか, そのあたりの詳しい事情はよくわからない。小学生たちがバスを降りるときオバちゃんはまたもや「はい行ってらっしゃい」と声をかけ, 彼ら全員がオバちゃんとそれから運転手にも「行ってきまーす」と言って降りて行った。一連のやり取りには芝居じみた印象はなく, ごく自然に行われていて違和感よりもむしろ小津安二郎の映画に出てくる子供たちのようなある種の親しみが感じられた。人が近い。そして, そのいちいち優しいのだ。

30分ほど走ったところにあるバス停でバスを降り, 指定された待ち合わせ場所であるコンビニの駐車場へと向かう。駐車場の奥にはお米の自販機があり, その前で待つようにとのことだった。とにかくわれわれはたどり着いた。あとは案内人の方にお任せするしかない。

ゆっくりと深呼吸をした。バスで通ってきた国道に高くなった太陽の光が気持ちよく降り注ぎ, その上を海風が走りぬけていく。国道のはるか向こうに白波が遠く見えている。きわめて穏やかな春のそれも平日の朝で, 国道を走る車も都心のそれとくらべ心なしか気持ちよさそうに走っているように見えた。あのバンかな?いや向こうからくる四駆じゃないだろうか?まさか軽トラじゃないよな?そんなことを思いながら案内人の到着を待っていたら, 背後からいきなり「おはようございます!」と声をかけられてあわてて振り向いた。そこにはお米の自販機のわきの農道を軽やかな足取りで歩いてきた男性の姿があり, 彼はにこやかな笑顔とともによく通る声で挨拶をすると握手を求めてきた。われわれはその固い握手とともに訪れた唐突な出会いにしばし気圧されながら, 今日一日のガイドをお願いすることに対する謝辞を述べた。ともかくそれが, 今回の小豆島の旅の案内人である「ポン真鍋」こと真鍋邦大さんとわれわれとの出会いであった。

(つづく)

文:松島 直哉

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