小豆島REPORT

2013.06.27

#02 海風と島人が育んだ小豆島文化

まずはカレーを食べながら

今回の小豆島の旅のガイド役を引き受けていただいた真鍋さんに案内されて, まずは彼の自宅へと向かった。お宅に到着していきなり屈託のない笑顔と相変わらずよく通る声で「よかったらカレー食べませんか?」と言われ, 少し戸惑うわれわれを居間に座らせると, おもむろにキッチンへと向かいカレーを盛った皿を手に戻ってきた。ひと口食べてみると, これがかなり本格的な味でスパイスがほどよく効いていてかなりうまい。エスニックにしてオーガニックな感じ。とてもいわゆるおうちカレーとは思えない, インド料理店なんかで出される本格的なカレーの味だ。つけあわせの野菜にはドレッシングではなくオリーブオイルがサッとかけられ, オリーブオイルからほのかにレモンの風味がしていた。これもとてもおいしかった。聞けば, この後案内していただく小豆島のオリーブオイルを製造しているお店で売られている「グリーンレモンオリーブオイル」というものなのだという。

「いやじつはこの家の半分を改装してね, こんどカフェをやるんですよ」。カフェという形態がもっとも人が集まりやすいというのがその主たる理由だ。昔でいう寄合所といったところだろうか。たしかにおいしい食べ物やお茶を飲みながら近況を語り合ったり, 島の人と島外の人とが出会ったりするのに, 現代ならカフェがいいというのは理解しやすい。じつはわれわれがいただいたあのカレーは, そのカフェで料理を担当する予定の女性が作ったものだったのだそうだ。なるほど, うまいわけだ。

真鍋さんが小豆島に来た理由

真鍋さんは香川県高松市の出身で東京大学を卒業後, リーマン・ブラザーズに就職した, いわばエリート中のエリート。その彼がなぜ小豆島を拠点に地域おこしの仕事に携わることになったのか?

「まずはなんといってもリーマンショックですよね。ご存じのとおり2008年のことです。そもそも勤めていた会社がなくなったんですね。その後, アメリカの小さな野球チームで丁稚奉公する事になるんですが, その渡米までの間, 地元に戻って来てひと月なんということなく過ごしたんです。それまでずっと仕事が忙しかったので, 正月帰ってくるくらいでまともに地元に帰ってなかったんです。で, ひと月暮らしてみて, こっちの生活ってものすごく豊かじゃないかと感じたんですよ」。

ただしその時点では真鍋さんはまだ地域おこしに携わろうだとか地元で起業しようとかはまるで考えていなかったという。しかし少なくともマスコミが発信してるいわゆる「地方は疲弊してる」というアナウンスにささやかな疑問を持ち始めていたのだそうだ。

話を伺っている間ずっと, 家の近くで鳥の啼く声がしていた。それもかなり近い。それは単にここが田舎で家のすぐそばに鳥がいるからというだけではないようだった。島に来てから耳が「解放」されているようなそんな気がしていた。いうなれば耳を閉じていなければならない都市のノイズがここにはない。だから自然と耳が「音」に敏感になっているのだろう。恩寵をもたらすような, 声そのものが生きているような, そんな印象の啼き声だった。続けて真鍋さんは語り始める。

「満員電車で毎朝一時間半もかけて会社に通う。で, 熾烈な座席争いをして, いざ座れたら寝るだけ。これが40年くらい続く。往復3時間×40年です。これがほんとうに豊かな社会の姿なのか?ある時そんなことをふと思ったんですね」。

豊かさの再定義。たしかにいまの日本は戦後の高度経済成長からバブルにかけて, 都会的な生活スタイルから見た豊かさに価値を見出す風潮に偏りすぎているという気がする。では, 真鍋さんは具体的にどのような豊かさが地方にあると考えているのか。

「まず地方に来ると, たしかに可処分所得は減るかもしれない。でも可処分時間は確実に増えます。平日でも子どもとゆっくり過ごしたり, 海や山にかこまれて暮らすなど, 文化的な意味での豊かさはむしろ地方にあるんじゃないかと思ったんです。つまり, 地方には心豊かな暮らしがあるんです。でもマスコミからは一方的に「地方は疲弊している」と言われ続けます。で, あるとき気づいたんです。個人と全体は分けて考えなければいけないなと。確かに, 都会への人口流入は続いているので, GDPや経済力と言う点では都会の方が優っているように見える。けれど, 個人単位で具体的に人の暮らしを眺めた時, どちらの暮らしが豊かといえるでしょうか。さらに, 先ほどぼくがお話ししたような意味での豊かさは, 地方の人からするとずっと当たり前にあるものだから, その価値に気づいていないんです。だから彼らは地方は疲弊しているというマスコミに対してとくに反論したりしない。するとマスの意見だけが独り歩きしていくことになる。でもぼくは地方の人はもっともっと自分たちの地域のことや、生活、文化というものに誇りを持っていいんじゃないかと感じたんですよ」。

そこまで一気に話すと, 真鍋さんは時計を見て「なので今日は地方の豊かさを存分に味わっていただくつもりです」とおもむろに立ち上がった。そこでわれわれも荷物をまとめ出発の準備にかかる。滞在時間にしておよそ30分から1時間。取材プランや今日一日の段取りやなんかの話をするつもりだったが, すでに真鍋さんのなかではなにかプランがあるようだった。最初からすでに完全に彼のペースだったこともあり, もうこの際すべてを真鍋さんに任せることにした。

受け継がれるユニークな伝統文化

真鍋さんの自宅からクルマを走らせ, 最初に到着したのは中山地区というところ。ここは「日本の棚田百選」にも選ばれ「中山千枚田」と呼ばれている棚田が広がるのどかな田園地帯である。映画「八日目の蝉」でも登場する「虫送り」のシーンのロケ地としても知られている場所だ。虫送りというのは火手(ほて)と呼ばれる松明の火を稲にかざしながら畦道を練り歩く伝統行事で, 稲につく害虫を海に追いやるのだという。中山地区ではいちど途絶えていたものの「八日目の蝉」をきっかけに再開されたのだそうだ。夏の初めの七夕の夜。この棚田を松明を持った人々が次々と降りてくるさまはさぞかし荘厳なものだろうと想像する。

その棚田からすぐのところ, ある一角が広場のようになっている場所がある。広場はいちばん低い底のところに茅葺の小さな建物があり, 傾斜面にそって石段を積んでつくった天然のアリーナのようになっている。「ここは春日神社の境内なんですけど, この建物はじつは舞台なんです」と教えてくれた。真鍋さんによると「農村歌舞伎」と呼ばれる芝居がここで行われるのだという。
「いまからおよそ300年くらい前, 瀬戸内には北前船が行き来していました。大阪や京へ荷物が運ばれるいわば中継点だったんです。それからここから船でお伊勢参りに行く人なんかもいた。そういった人々が大阪で見た上方歌舞伎に感動して, 名場面を描いた絵馬などを持ちかえり神社に奉納したのが始まりだと聞きました」。
演者はみなこの中山地区の地元の人で, いまは年に一回, 秋に開かれている。青天井で芝にムシロを引き, 割子弁当を食べながら演者とお客が一体となって行われるのだという。このいかにも独特のスタイルを有する伝統芸能はいまもずっとこの地の人たちによって変わることなく受け継がれている。

風土が生み出す人と町の独自性

われわれはふたたびクルマに乗り込み, 続いて小豆島八十八か所の四十二番札所である「西の滝 竜水寺」へと向かう。険しく細い, くねくねと曲がる山坂道を登り, いくつもの急カーブを曲がりオリーブ畑を抜ける。木々の合間にときどきのぞく海は5月の太陽を反射させていて, キラキラとした輝きが山を走るわれわれにまで届いていた。瀬戸内海の島々のなかでもとくに巡礼が盛んなのがこの小豆島だという。真言宗の開祖・空海の出身地である讃岐と京の途上にあるため, しばしば立ち寄っては修業を行っていたのがその理由なのだとか。ここにもかつての「海路」の名残りが, 文化の足跡としてしっかりと刻まれている。
竜水寺に到着するとさっそく奥の院に上がり, さらに社殿のわきにある細い鉄製の梯子が架けられた岩場を登る。その先はほとんど登山者のようにチェーンだけを命綱に岩肌を回り込んでいくことになる。行き止まりまで行ってふと視線をあげると信じられないような絶景が広がっていた。いわゆる展望台のように柵や手すりなどはないため, 幅にしておよそ3, 40センチの足場の先は断崖絶壁であり, とにかく眼前から足元にいたるまでいっさいの遮るものがないのだ。

足元にはいまクルマで登ってきた山の緑が広がり, すこし視線をあげると湾になった海岸線が見える。三都半島やエンジェルロード, その向こうに大海原がどこまでも広がり, 島々がまるで海を泳ぐ竜の背のようにいくつもいくつも連なって浮かんでいる。
「ラッキーですね。今日は高松まではっきり見えてますよ」。真鍋さんはそう言うと「ぼくはこの景色こそが文化だと思ってるんですよ」と続けた。
山。潮風。島特有の曲がりくねった海岸線。湾。京の都や外国ともつながっている海路。瀬戸内の島々。たしかに山と海と島と空を一望するこの景色の中に, 小豆島を形作るすべてが含まれている。ここに立ってこの景色を見れば, この地でしか生まれ得ない文化があるのだと誰もが確信することだろう。風土が生活を定め, 生活が人を磨き, 人が文化を生み出す。そこに, ローカルであることの価値がある。強さがある。多様性や独自性, そして継続性のなかに裏打ちされた, 生きた文化だけが持つ生命力がそこにはたしかにあるということを感じた。

(つづく)

文:松島 直哉

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